02 GLOBAL PERSON

【教え子・先生 対談】
伏木光英 氏(外務省)× 渡邉浩司(中央大学 経済学部教授)

▲懐かしいキャンパスで。伏木さん(左)・渡邉教授(右)

世界情勢、そして日本の外交関係が日々変化し続けている中で、中央大学経済学部の卒業生・伏木光英さんは学生時代に学び始めたフランス語を駆使しながら、外務省・一等書記官として活躍しています。伏木さんと恩師のひとりである経済学部教授 渡邉浩司が母校・中央大学多摩キャンパスで対談を行いました。伏木さんの学生時代の思い出、社会人となり外務省に入省するまでのエピソードや世界で活躍するために必要な資質、若いときに学ぶべきことなどを熱く語り合いました。
 

プロフィール

伏木  光英(ふせぎ みつひで)さん
在コンゴ民主共和国日本国大使館・一等書記官


1977年生まれ。東京都出身。 2001年中央大学経済学部経済学科卒業。同年証券会社に入社。2003年同社を退職し、同年東京外国語大学大学院国際協力専修コース入学、2005年修了(国際学修士)。同年外務省入省。入省後、フランス国立行政学院(ENA)に留学、国際短期課程修了。2008年より在アルジェリア日本国大使館、2010年より在ジュネーブ出張駐在官事務所勤務、2012年より復興庁に出向し、岩手県沿岸被災地の復興業務に携わる。2017年より、在コンゴ民主共和国日本国大使館在勤。
 
渡邉  浩司(わたなべ こうじ) 中央大学経済学部 教授
 
1987年名古屋大学文学部仏文学科卒業、1990年同大学大学院文学研究科仏文学専攻博士前期課程修了、1993年フランス・グルノーブル大学第3大学大学院DEA(専門研究課程証書)取得、1994年名古屋大学大学院文学研究科仏文学専攻博士後期課程満期退学。1995年より名古屋外国語大学外国語学部フランス語学科専任講師、1997年より同大学助教授、1998年より中央大学経済学部助教授、2004年より同大学同学部教授、2009~2010年フランス・グルノーブル第3大学イマジネール研究所研究員。受賞歴=1997年度 第4回日本フランス語フランス文学会「学会奨励賞」、2018年度日本翻訳家協会「翻訳特別賞」、平成30年度中央大学「学術研究奨励賞」
専門分野=仏語・仏文学。研究テーマ=アーサー王物語研究、ユーラシア神話研究。博士(文学)

 

先生、フランス語との出会い

※以下、敬称略

渡邉:伏木さんとの出会いは、私が中央大学の経済学部に赴任して3年目あたりだったと思います。私は留学関連を担当していて、伏木さんがフランスに留学するとかしないとかで、その相談を受けたのがきっかけでした。「元気で優秀な学生がいるなあ」というのが伏木さんの第一印象です。伏木さんは大野一道先生のゼミでしたね。「僕に相談しないで、指導教官の野先生(※)ともっと仲良くした方がいいよ」などと、よくアドバイスしていました。
※大野一道(フランス文学者・現中央大学名誉教授)2012年に経済学部教授を定年退職 

伏木:大野先生には、ゼミでご指導いただきましたが、大野先生は私の父親世代で威厳ある感じの方でしたから、些細なことを気軽に相談するのをためらってしまうことがたびたびありました。渡邉先生には第二外国語のフランス語をご指導いただいていて、大野先生より年齢が近くやさしい兄貴的な存在で相談しやすかったんです。

渡邉:入学当初は野球に力を入れていましたね。

伏木:大学入学時は、勉強よりも野球に夢中でした。小さな頃から野球を続けていて、中央大学の歴史ある野球部に入部して、将来は野球関連の仕事に就くことを夢見ていました。しかし、そんなに簡単にいくものではありませんでした。まず、当時の硬式野球部は、基本的に一般の入部希望者には門戸を固く閉ざしていたようで、最初の電話ではっきりと入部を断られました。次に、準硬式野球部に入部しようと、毎日スーツを着て寮や練習場に足を運んでアピールしたところ、ようやく仮入部を認めてもらうことができました。
  しかし、実際に練習を始めてみると、他の部員たちのレベルがとても高くて驚きました。選手の多くは高校時代に甲子園を経験したり、また、ほぼ全員がスポーツ推薦で入学した部員たちであり、レベルの違いを痛感させられ、途方に暮れました。とても落ち込んで悩みましたが、海外留学への挑戦を新たな目標にしたところから、私の新たな大学生活がスタートしたように思います。
 留学先をフランスに選んだのは、第二外国語でフランス語を学んでいたからです。大学には指定校推薦で入学していて、英語があまり得意ではありませんでした。フランス語は、ほとんどの人が大学生になってゼロから学びますから、留学できるチャンスが大きいと思いました。
 そこでまず、留学前に実用フランス語検定(仏検)2級合格を目標に定めて、必死でフランス語を勉強しました。野球にかけていた情熱を、そのままフランス語の学習に向けたとでもいいましょうか。毎日1単元ずつこなしていくタイプの参考書を使い、その単元を全て暗唱できるようになるまで、何日間でも同一単元に留まる方法で勉強しました。したがって、「30日マスター」と銘打った参考書に90日くらいを割いていたと思います(笑)。その甲斐あって、留学前に大学3年生で仏検2級に合格することができました。

渡邉:本当に素晴らしいですね。今でも経済学部では、大学3年で2級に受かる人はほとんどいません。2級とは日常会話を問題なく聞き話せるレベルで、文学部のフランス文学専攻の学生が4年間しっかり勉強して受かるようなレベルです。今の経済学部生なら、4年生でも準2級の合格が難しいと思います。

伏木:私は帰国子女でもなんでもないですから、大学でゼロから学んだフランス語で挑戦しようと夢中で頑張りました。もし第二外国語がフランス語じゃなくてスペイン語だったら、スペインに留学していたものと思います(笑)。フランス留学にたどり着いたのは、運や巡り合わせ、周りの皆さんの支えがあったからにほかなりません。
 

念願のフランスへ留学

伏木:仏検の目標をクリアしたものの、希望していたパリ高等商科学院(ESCP)の中央大学の学内選抜試験に落ちてしまいました。若干、自暴自棄になりかけましたが、そんな時に経済学部事務室の職員の方が親身に相談に乗ってくださって、叱咤激励やアドバイスをたくさんいただきました。そして、パリではなく、ドイツとの国境にも近いフランス北東部にある「ロベール・シューマン大学」への留学が決まりました。

※ロベール・シューマン大学=現在はストラスブール大学。2009年に、医学・自然科学系の ルイ・パスツール大学、文学・人文科学系の ストラスブール人文科学大学、法学・社会科学系のロベール・シューマン大学の3大学がストラスブール大学として統合。

渡邉:当時、ロベール・シューマン大学と中央大学は海外協定を締結したばかりでした。大学にとっては、中大生の受け入れは初めてだったようで、日本人を指導するノウハウがなくて試行錯誤していたようですね。

伏木:はい、ようやく念願のフランスに留学できたのに、ロベール・シューマン大学に行ってみると「半年間は授業に出席せずに、併設のフランス語センターでもっぱらフランス語を勉強していなさい」と言われて戸惑いました。2級に合格して多少の自信が付いたフランス語でさえ、実際に暮らしてみると、会話力もヒアリング力も全く足りませんでした。後期になって、やっと授業への出席を認められましたが、フランスにいながら、まるで自由のある刑務所にいるような気分でした(苦笑)。自由に動けるけれど出られない、といいますか。「なんでこんなところに来ちゃったんだろう、早くここから出たい!」と思いましたね。
渡邉:ロベール・シューマン大学の授業ではとても苦労しましたね。

伏木:学生は大変真面目でしたね。授業は朝7、8時には始まりますし、学生は教室に入るとなるべく前方の席を陣取って、授業が終われば家に帰って勉強する、そんな雰囲気でした。

渡邉:フランスの大学は簡単に入学できますが、2年次へは学生の約半数しか進級できませんから、学生は皆が必死で勉強するんですよ。また、フランスの入学試験は、日本のようなマークシートではなくて、論述形式の試験が一般的です。そして理系でも文系でも哲学の試験があって4時間もかけて論文を書くようなものもあったりします。大学の試験でも同様です。膨大な知識を詰め込む日本の高校と違い、物事を深く掘り下げることをすでに高校から勉強しているようです。そういう教育を日本でもしないといけませんね。

伏木:後期から授業を受けられるようになり、うれしい反面、授業についていくのは本当に大変でした。先生が黒板に板書することはあまりなく、ほとんどが口述でしたので、ICレコーダーに録音して自宅で文字に起こしたり、友達からノートを借りて書き写し、それでなんとかを勉強するような感じでした。
 しかし、授業以外に楽しみもありました。地域の野球チームに入ったんです。フランスでは、野球は極めてマイナーなスポーツですが、野球が好きな人は、やっぱりどこにでもいるものなんですね。一緒にプレイして、ときには日本式の野球を教えたりと、楽しい時間を過ごすことができました。今でもそのチームは存続していて、強豪チームに成長しています。つい数年前、ストラスブールにある欧州議会の近くに素晴らしい野球場が完成したことを聞いたときはとてもうれしかったです。

渡邉:伏木さんの留学中に、フランスへ出張する機会があり、パリで会うことができました。伏木さんが留学して半年目くらいでしたでしょうか。苦労しているようでしたが、精神的にもたくましく成長していたので、とてもうれしく思いました。

伏木:先生にパリで会えたときに、本当にホッとしたのをよく覚えています。
 

将来の目標を決めるまで

伏木:フランスでは無我夢中に過ごし、考えることも多くて充実していましたが、将来のことまで考える余裕がありませんでした。しかし、中央大学に復学すると、自由な時間が多く、周りは就職活動で動き始めていたり、自分はどうすべきなのかと、自問自答する日々が続きました。それから間もなく、卒業後の進路を真剣に考え始めました。

渡邉:伏木さんは非常に優秀でフランス留学もしていましたから、教授の中には、フランス文学研究の弟子にしたいという先生もいらっしゃたんですよね。

伏木:あの時は、自分が本当にしたいことは何なのかをまだ見つけられていなかったので、その先生からのお誘いにはとても心が動かされました(笑)。でも大野先生と一緒に目を覚まさせてくださったんです。

渡邉:伏木さんはダイナミックでグローバルなタイプでしたから、フランス文学の研究者という職業は向いていないと、大野先生と頑張って引き止めました(笑)。
伏木:結局、経済学部で学んでいることを活かせる業界を目指して就職活動を始めることにしました。当時は、金融ビッグバンといわれ、金融業界は、制度改革の波にのって動いていました。銀行、生保、証券の中でも、株価から世の中の動きをリアルタイムに肌で感じられる証券企業に入社しました。
 必死になって無我夢中で働きましたが、ノルマが達成できなかったり、会社に貢献できない不甲斐なさ、また、会社に食べさせてもらっていて申し訳ないと感じる時期が長く続きました。その悩みを紛らわせるため、終業後や週末を勉強にあて、大学院の進学準備を進めていました。入社から2年後、手掛けていた大きな案件を成立させることができ、少なくとも、自分を育ててくれた会社に多少なりとも恩返しできたと思えたので、ちょうど大学院の試験にも合格していたことから退職し、東京外国語大学大学院国際協力専修コースに入学しました。

渡邉:新設されたばかりのコースでしたね。実務家を育てるようなコースで伏木さんには合っていたと思いますよ。ここで学んだことが、今の外務省で充分に活かされていると思います。

伏木:フランス留学、また、証券会社時代に米国で研修した等の経験から、国際金融のコースワークを含む国際関係を学べるコースを選択しました。大学院で学ぶうちに、将来の進路として、国際協力の分野で自分ができることを探し始めました。社会の荒波でもがき、苦しい環境に置かれたからこそ、真剣に考えるようになったのだと思います。大学時代、アルバイトしながら、親のすねをかじるというぬるま湯に浸かっていた時は、居心地が良すぎて自分の将来を真剣に考えることを放棄していたように思います。
 国際的なシンクタンクやNGO等にも関心があったのですが、結局、世界の動き・社会の動きを深く見て、大きなことに携われる外務省を目指すことにしました。そして、大学院で学びながら公務員試験の予備校に通い、図書館にこもって朝から晩までひたすら勉強しました。

渡邉:伏木さんは大学時代もそうでしたが、ひとつ決めたら極めるまでの集中力はすごいものがありました。

外務省に入省してから

渡邉:外務省入省後に、「フランス国立行政学院(ENA)」(以下:ENA)に留学されましたね。

伏木:入省すると、1か国語の研修語を与えられ、その言語を使う国に在外研修員という形で2~3年間派遣されます。私はフランス語を研修語として与えられ、研修先としてはENA(エナ)を選択しました。

渡邉:ENAは、フランスの超難関のエリート養成機関(グランドゼコール)です。歴代のフランス大統領や首相、閣僚や財界人の多くがここの出身で、現在のマクロン大統領も卒業生です。また、伏木さんが大学時代に留学したストラスブールにある学校ですね。

▲フランス国立行政学院(ENA)時代に。留学仲間と

伏木:二度目のフランス留学では、大学時代よりも語学力が格段に上がっていることを実感できました。ストラスブールは、1年間過ごした場所ですから、土地勘もあったし、友達もいたので安心でした。大学時代の留学とは比べものにならないほど、楽しく有意義な時間を過ごすことができました。

 ENAでの1年間の研修後は、北アフリカのアルジェ(アルジェリア)に2年間、ジュネーブ(スイス)に2年間、赴任しました。主に、日本文化や日本の外交政策の発信といった広報・文化活動を担当しました。また、ジュネーブでは、日本文化月間として、日本文化を紹介するイベントの企画を担当しました。ジュネーブには日本人の方が多くいらっしゃるので、そういった方たちと協力して、より多くのスイス人の方々に日本ファンになってもらえるように努めました。両国で大変充実した経験を積むことができましたし、海外に出て、外から日本を眺めることで、改めて日本文化の良さを知ることができました。

渡邉:そして復興庁に出向されましたが、2011年に発生した東日本大震災が理由ですか?

伏木:国の一大事でしたから、オールジャパンで臨みましたね。2012年から2年7か月間、復興業務に携わり、主に岩手県沿岸被災地を担当しました。震災から約1年半が経っていましたが、被災地を目の当たりにし、言葉を失いました。生活を再建し、震災以前の賑わいを取り戻すためには多くの課題がありました。さまざまな「まちづくり」のやり方を自治体職員の方々と共に模索し、できるところから実現していきました。そうこうしているうちに、復興庁での任期が終了しましたが、やり残したことがたくさんあって、今でも当時の案件がどうなっているのかが気になっています。東日本大震災の被災地が笑顔と賑わいで溢れることを切に願っています。

 この復興庁での復興業務での経験は、現在赴任しているコンゴ民主共和国で大変役立っています。内戦で崩壊したインフラの再建や、そもそも、後発開発途上国の一つである同国のインフラは、日本と比べものにならないほど脆弱(ぜいじゃく)です。日本の経済協力を通じた同国のインフラの再建は、復興庁での業務と重なるところがあります。インフラの整備を通じて人々の生活が豊かになれば、自然と笑顔と賑わいが生まれるはずです。
 

語学力を磨くだけでなく、強いメンタリティ、考える力を身に付けよう

▲ルガノ(スイス)の日本文化月間イベントでは、日本政府を代表してスピーチもしました(左が伏木さん)

伏木:海外に活動範囲を広げたいとか、タフな社会人になりたいと思うなら、学生時代に、自ら率先して大変なことに挑戦することをお勧めします。私の場合は、準硬式野球部に入部したことに始まり、フランス語学習、そしてフランス留学でしょうか。挫折のたびに、新たな高い目標を設定することで、成長の糧としてきました。
 外務省に入省すると、さまざまな国に赴任することになりますが、国によって国民性、文化、宗教等は異なります。今の赴任先のコンゴの人々はとても気位が高いように思います。文化的な背景もありますが、意見を曲げないですね。コンゴに限らずに、世界の国を見渡すとその傾向は強いと感じます。

渡邉:日本人が好む「わび」「さび」といった美意識は、海外ではほとんど理解されませんし、日本人のように遠慮して思っていることを表現しないということは、ほとんどありません。

伏木:海外で仕事をしたいなら、まずはなんといっても語学力。言い合いにも負けない語学力は簡単に身に付くものではありませんが、語学力が足りなければ言いたいことも言えません。また、自信の持てる分野があれば常に堂々としていられるし、場合によってはハッタリをかますことができます(笑)。相手に打ち勝つ気持ちも大切です。

渡邉:私も大学院生時代に奨学金を得てフランスへ留学しましたが、留学先のグルノーブルで、不愉快な目にあって言い争いをしたこともありました。日本人からすると「普通は謝るでしょ」という状況であっても、相手は謝らないんですね。フランス人にとって、それはケンカというよりも意見のぶつけ合いなんですけれど。そういう気質の人々の中で負けないためにも、強いメンタリティや人を説得する力も身に付けてほしいですね。びくびくしていたら通じません。
 最近の中央大学の学生はおとなしい人が多いように思います。伏木さんのように、自分からもっと前に出て行って、自分を主張できたり、チャレンジする意欲を出せるといいですね。 
 

苦労する経験から生まれる力

伏木:大学時代は準硬式野球部に入部し、方向転換してフランス留学を目指し、証券会社でも目標を決めたら極めるまで取り組みたいと常に思ってきました。挫折や苦労して嫌だ嫌だと思いながらも、大変なことにチャレンジしてきました。それは今でも続いています。後輩の皆さんには、何かストレスや壁にぶち当たった時には、ぜひともそれを正面から乗り越えてもらいたいです。しんどい思いをすると、それを切り抜けるために否応なしに物事を深く考えるようになります。乗り越えた先で、また一つ成長した自分に出会えます。

渡邉:そういう意味でも海外留学は、試行錯誤できる良い機会だと思います。そして海外に出ると、自分自身も見えてきますから、短期ではなく、1年は行ってほしいですね。1年程度、回り道をしたからといって損することはまったくありません。中央大学には海外協定校が年々増えているので、世界中どこへでも留学できます。

伏木:長期留学を通じて、柔軟な考え方が身に付いたり、自分はまだまだ発展途上の人間であることに気が付いたりします。それは将来、仕事をする上で非常に役に立つはずです。

グローバルに仕事をするために必要なのは“考える力”

伏木:”考える力”も必要です。今は情報が溢れている中から必要な情報を入手するわけですが、ひとつの情報を掘り下げることをする人は少ないと思います。インターネットから与えられる情報を受け身の姿勢で入手することで満足し、情報を得るために能動的に活動する人が少なくなっている気がします。
 “考える力”を養うために読書をお勧めします。私は、通勤時間や就寝前の時間を活用するなどして本をよく読んでいますが、書かれている内容が理解できないと、同じ行を何度も読み返したり、意味をより良く理解するためにインターネットを活用するなどしています。渡邉先生には、そのような学生をたくさん育ててほしいです。
 
渡邉:日本では、高校を卒業するまでにたくさんの知識を吸収しているのに、大学に入った途端に忘れてしまう学生が多くて、非常にもったいないことです。また、論述形式の試験に不慣れな学生が多いので、もっと考える力を養ってほしいですね。考える中でいろんな知識を使えるようにしていくと、覚えた知識もしっかり定着すると思うのです。
 
伏木:そうですね。ベースとなる日本語力も磨くことも重要だと思います。深味のある日本語を操ることができなければ、外国語を流暢に話せたとしても、中身のない、薄っぺらい表現しかできません。
 また、経験と知識も必要ですね。証券会社で培ったことが現在の仕事に活きています。交渉術や経済、世の中の動き、金利変動のメカニズムを含む金融動向等に土地勘があると、外交活動でも有利です。説明が必要ならとことん説明できるだけの知識があるとよいです。また、自分が赴任する国のことはもちろん、日本の文化や歴史の知識も必要ですね。
 

外務省で働く魅力、そしてこれから

伏木:今の赴任地のコンゴでいえば、経済協力を通じて国づくりに貢献できることにやりがいを感じています。道路、医療施設、学校の建設といったハード面、また、職業訓練を含むソフト面で何が必要かつ効果的なのか、課題はたくさんありますが、コンゴ民主共和国政府が望むことを叶えてあげることができれば、それによって将来、日本の発展にもつながると思うのです。お互いがウィンウィンになるような関係を築くことを目指しています。

 これまで役人生活の中で広報活動や復興業務、また、政治、経済等さまざまな業務を担当してきましたが、「これだ!」といえるスペシャルな専門分野をまだ持ってないのが自分自身の課題です。今後、例えば軍縮だったり、ある特定国の情報を掘り下げること、また、環境やエネルギー問題等、これからもさらに勉強を続けて、自分の強みになる分野を見つけたいと思っています。

渡邉: 中央大学ではこれまで21年教員をしてきましたが、伏木さんのように世界に飛び立ち活躍しているアグレッシブな学生は少ないので、伏木さんの活躍は本当にうれしいです。前の赴任先はアルジェリアでしたが、コンゴもアフリカの国で、とても苦労が多いと思いますが、フランス語圏の国々と日本の懸け橋として、これからもますます活躍してください。

伏木:渡邉先生には学生時代はもちろん、卒業後に証券会社時代や大学院時代にもいろんなことをアドバイスしていただきました。とてもお優しい方で、懇切丁寧に話を聞いてくださいました。私が非効率なことをしていれば、方向性を諭してくれます。正しい道に導いてくだったことにとても感謝しています。これからもよろしくお願いします。

 
【取材日】2019年2月21日