ASEAN経済共同体(AEC)の目標と行動計画は、2007年に発表されたAECブループリントで提示されている。ブループリントでは、4つの戦略目標として、①単一の市場と生産基地、②競争力のある経済地域、③公平な経済発展、④グローバル経済との統合、を掲げており、戦略目標ごとに行動計画を提示している。実施スケジュールは、2008年から2015年を対象とし、2年ごとの4つのフェーズに時期区分されている。
4つの戦略目標の内容は、①市場統合、②共通政策、③格差是正、④域外とのFTA、と言い換えることが出来る。市場統合は、「物品、サービス、投資、人、資本の自由な移動」を目標にしているがEUのような共同市場ではなく、様々な制限が残り経済連携協定(EPA)に類似した統合の水準である。たとえば、物品の移動は原産地規則を満たさねばならず、サービス貿易、投資も制限があり、人の移動は熟練労働者が対象である。AECは輸送やエネルギー分野の統合と協力およびインフラ建設、格差是正なども対象としており、分野はEPAに比べ広範かつ壮大である。
■表 AEC、EU、EPAの対象範囲の比較
(注)○は実現している(あるいは目指している)、△は対象としているが実現は不十分、×は対象としていないことを示している。ただし、厳密なものではない。
出所)執筆者が作成
EUは市場統合について主権をEU委員会に委譲しており、EU法は国内法の上位に位置づけられ、市場統合に関するEUの決定は実施が担保される。しかし、ASEANは内政不干渉を原則としており、ASEANでの決定を加盟国に強制できない。そのため、ブループリントを加盟国に確実に実施させる目的で導入されたのがスコアカードである。2010年にフェーズ1(2008~09年)、2012年にフェーズ2(2010~11年)およびフェーズ1およびフェーズ2(ブループリントは2008年から2015年の8年間が対象なので前半の4年となる)のスコアカードが公表されている。スコアカードは、①自己申告制で第3者評価ではない、②国別分野別な詳細な内容ではない、③現場で措置が実施されているのか判らない、などの問題がある。
フェーズ1と2の4年間のブループリントの措置実施の全体評価は67.5%である(第2-3表)。グローバルな経済への統合は85.7%と高かったが、他の3つの戦略目標は60%台だった。単一の市場と生産基地および公平な経済発展では第2フェーズで評価が低くなっている。なお、2013年4月の第22回首脳会議では、259措置が実施され77.54%というスコアカード評価が報告されているが、詳細は発表されていない。2012年10月時点のスコアカードは74.5%だった。2013年8月の経済大臣会議では2013年7月時点の評価が79.4%と報告されている。
2012年4月の首脳会議では、ASEAN経済共同体の実現に向けて努力を倍増させるとしており、詳細は判らないものの2013年7月には79.4%に上昇している。しかし、実施が難しい分野や事項が残っていくため、ブループリントの100%実施は困難である。2015年時点ではASEAN経済共同体はほぼ実現したとするが、2020年を目標年として残された措置を実施していくことになろう。
物品の貿易では、関税撤廃の実現は確実である(ただし、一部品目は2018年)が、非関税障壁の撤廃は困難であり、2015年時点でも残存することになる。原産地規則は使いやすいものに変更されてきており、自己証明制度の導入も進んでいる。一方、政府調達の開放はブループリントの目標にもあげられておらず開放はされない。ナショナル・シングル・ウィンドウはカンボジア、ラオス、ミャンマーは遅れているが、残りの7カ国で実施されている。ASEANシングル・ウィンドウは選ばれた港湾で実施されることになろう。
サービス貿易は、第1モード(サービスの越境)、第2モード(消費者の越境)は全分野で自由化されるが、第3モード(業務拠点の越境)は外資出資比率制限(70%)が残ることになり、70%まで外資出資比率が引き上げられない分野が残る可能性もある。第4モード(供給者の越境)は作業が進んでいない模様で実現しても極めて限定された一部職種に限定されるだろう。専門サービスの資格の相互承認は8職種で進められているが、任意参加方式であり、ASEAN全体での実施は遅れると思われる。国内体制の整備などから参加国での実施も遅れるだろう。投資の自由化では、投資規制を最小限にし、投資前と後の内国民待遇、投資家の移動の自由化などを目標としている。
ASEAN高速道路ネットワーク、シンガポール昆明鉄道などの輸送プロジェクト、ASEAN電力網、ASEANガスパイプラインなどのインフラプロジェクトは、目標年次を2020年に繰り延べている。資金調達や技術面での課題とともに国内体制整備も必要であり、2015年の完成は無理とすでに判断されている。
格差是正は、ASEAN統合イニシアチブ(IAI)が小規模であり効果は極めて限られていることから、ASEAN6とCLMVの経済格差は2015年時点でも大きい。ただし、CLMVはインフラ整備、外資導入により、ASEAN6より高い経済成長を続けており、経済格差は緩やかなペースであるが縮小の方向にあると言ってよいだろう。域外とのFTAは、順調に進んでおり、RCEP、EUとのFTAおよびTPPへの対応が課題となっている。
時間をかけながら「遅遅として進む」のがASEANの流儀である。AFTAの例をみても1993年の開始当初は極めて評価は低かったが、現在では自由化率が高く利用しやすいFTAとなっており、日本企業が最も良く利用するFTAでもある。一部の分野は目標年次を2020年に延ばしており、2015年後も自由化、円滑化、制度整備、インフラ建設などの措置が継続されるであろう。
[プロフィール]
石川 幸一 亜細亜大学アジア研究所教授
東京外国語大学卒業、日本貿易振興機構(ジェトロ)、国際貿易投資研究所を経て、現職。専門は、東南アジア経済、ASEANの統合。大学院およびアジアで留学・インターンシップを行う「アジア夢カレッジ」を担当。著書に、『FTAガイドブック』(共編著)ジェトロ、『ASEAN経済共同体』(共編著)ジェトロ、『TPPと日本の決断』(共編著)文眞堂、など多数。