02 GLOBAL PERSON

グローバル・パーソン インタビュー vol.007

壁を乗り越え改革を起こすのは、お客さまへの奉仕と信念の心

鈴木 敏文さん

鈴木 敏文さん | 株式会社セブン&アイ・ホールディングス

経済学部 1956年卒業
[掲載日:2016年1月22日]

思いがけない偶然が重なり、未知の世界であった流通業界へ

 日本でセルフサービス方式のスーパーマーケットが誕生したのは昭和28(1953)年。東京にできた紀伊国屋さんというお店です。それまで買い物と言えばデパートメントストア(百貨店)もしくは商店街でしたが、スーパーマーケットという業態がアメリカから日本に入ってきたんです。しかし、その当時の私は流通に関心を持っておらず、大学卒業後は東京出版販売(現トーハン)に就職しました。そこでは雑誌の編集などをしており、作家さんや女優さんなど著名な方々にたくさん会うことができました。友人からは「君は幸せだ」なんて言われたりもしていたのですが、自分自身ではそうは思えなかった。人を紹介してもらっているだけで、自分の実力で取材したわけではなかったからです。
 「もっと自分で新しい仕事がしたい」。そう考えるようになりました。そんな昭和30年代半ばは、テレビ業界がどんどんと伸びていた時期です。テレビの仕事がしたいと思うようになり、交友のあった評論家・大宅壮一さんやその門下生たちと一緒に、番組制作プロダクションを立ち上げることにしました。そのためには、資金が必要。スポンサー探しを始めました。
 そんな時、ヨーカ堂という会社があることを友人から聞きます。スーパーマーケットというものをまったく知らなかったけれど、ヨーカ堂へ援助のお願いに行ったら「うちに来て、しばらくしたら援助しましょう」と言われました。当時、ヨーカ堂の店舗数は3店舗です。名前を知らないのも当然で、周囲からは散々、転職を反対されました。しかし、私はスーパーに勤めるつもりではなくスポンサーになってもらうつもりだったので、何とも思わずヨーカ堂に転職。ところが、転職後に「援助はいつ頃になるか」と聞くと、「それは将来のこと」と言われてしまった。周囲の反対を押し切って転職したのだから、簡単に辞めるわけにはいきません。これが、私が流通業界に入ったきっかけでした。

時代の先を見据えた、「セブン‐イレブン」の導入

 昭和20年代後半から30年代にかけて、紀伊国屋さん、ダイエーさん、西友さんといったスーパーマーケットが次々にでき、流通革命と言われる時代が到来しました。しかし、物が充足し始めた40年代から50年代には、物が急に売れなくなってきた。売り手市場から買い手市場に変化してきたんです。いずれ、スーパーマーケットは行き詰るんじゃないかと感じました。
 そこで、アメリカにあったコンビニエンスストア「セブン‐イレブン」を、日本に導入しようと考えた。昭和40年半ばのことです。ところが、大きいことがいいこととされた時代だったため、マーケティングの学者や流通業界の人たちから猛反対されました。当時、ヨーカ堂では取締役になっていましたが、幹部たちからも「小さい店を造っても日本で成り立つはずがない」と言われた。しかし、同じ業態がいつまでも続くとはありえない。私の直感的な感覚です。周囲を説得し、苦労して「セブン‐イレブン」のノウハウを日本に導入する道筋をつけました。
 ところが、現地「セブン‐イレブン」での研修中に「条件、環境が異なる日本に、アメリカの経営システムを持ち込んでも通用しない」と気が付き、日本での出店の際には日本の風土に合わせたシステムへと作り替えていきました。一生懸命に勉強したアメリカのシステムを変えることで、再び猛反対を受けましたが、店舗ができて2年くらいすると便利だと言われて発展していきます。私が言いたいことは、「真似ぐらい意味のないことはない」ということです。物事をやるときには、自発的に物を考えてください。真似というのは、絶対にうまくいかない。これは頭においていただいた方がいい。どんな仕事もそうです。真似というのは本物じゃないんです。一部しか取り入れることが出来ないから、絶対に成功しないと考えたほうがいいです。自分たちで考えるということが、絶対に必要なことだと思っております。そして、「セブン‐イレブン」は成功しました。
 コンビニエンスストアはいろいろありますが、私は「セブン‐イレブン」以外の店に入ったことは一回もありません。よく“競合しながら”とか言いますが、私にとって競争相手はお客さまです。お客さま以外に競争相手はいない。お客さまに満足してもらえれば、それでいいんです。競争店の真似をしたってしょうがない。「セブン‐イレブン」は独自の改革を展開してきたおかげで、大成功を収めることができました。学校だってそうだと思うんです。他の学校と競争するんじゃない。あるいは、仲間同士の競争じゃないんです。自分たちが学んでいること、学ぼうと思ったことを、どこまで真剣に取り組むか。これが、絶対的に必要なことです。自分自身との競争が重要。これは、あらゆる仕事について言えると思います。

リーダーに求められる資質「信念を持って生きる」

 「セブン‐イレブン」は新しいことにしか挑戦しません。ですが、私自身は何かを発見しようとか、変えようとか、あまり考えていません。「この方が便利なんじゃないか。皆に喜んでもらえるんじゃないか」と考えるだけです。「セブン‐イレブン」にはATM(現金自動預払機)が設置されていますが、この「セブン銀行」に対しても、当時は銀行から「たやすく出来るものではない」と忠告されました。「そんな難しく考えなくたって、機械で出し入れすればいいじゃないか。人の手を煩わせることもない」。そういった考えから機械の開発を進めました。ニーズがあるんだから、それにどう応えるかを考えさえすればいいんです。
 世の中に新たな価値観を生み出すリーダーになりたいなら、どんな形でもいいから信念を持って物事に臨むといいですね。それが正しかったら、皆が認めてくれるでしょう。壁にぶつかったら、誠実に対処する。テクニックを使うのではなく、自分で誠実に対応していくことが一番重要だと思います。
 また、「この辺で他を選択したほうがいい」というのは、その部分についてはひとつの諦めですよね。それも、自分で決めればいいことです。悩み事というのは皆が持っています。悩み続けて落ち込んでしまうのは得策ではない。常に信念を持って、自分の生き方を持って生きていくことが必要です。「悩むのは当たり前なんだ」という風に考えることが大切ではなんでしょうか。よりベターな選択をすればいいのではないかと思います。
リーダーシップの持ち方は、人によって全部違います。自分が先頭に立ってぐいぐい引っ張っていくのもリーダーシップ。自分の後について来いというのもリーダーシップ。仲間を上手く調和させて、自主的に行動できるようにするのもリーダーシップ。リーダーシップは、ひとつのパターンではありません。私自身のリーダーシップは何かというと、自分で提案し、実行し、それをみんなにやって見せるということ。これが私自身のリーダーシップの在り方だと考えています。
プロフィール

鈴木 敏文
株式会社セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長最高経営責任者(CEO)

1932年、長野県生まれ。中央大学経済学部を卒業後、東京出版販売(現・トーハン)に入社。63年、ヨーカ堂(現・イトーヨーカ堂)へ転職し、1973年11月にセブン-イレブン・ジャパンを創設。2003年5月、イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン代表取締役会長兼CEOに就任。2005年9月、セブン&アイ・ホールディングスを設立し、代表取締役会長兼CEOに就任。2003年11月、中央大学名誉博士号授与。学校法人中央大学理事長(2005年11月~2008年5月)を歴任。南甲倶楽部名誉会長。

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