2010年3月から2回目のタイ・バンコク駐在をしています。前回は1998年から2004年までの5年9カ月。今回は既に3年半が過ぎました。
現在は主にASEAN全域で経済統合や産業の変化を調査・分析し、各種媒体を通じて企業・産業界に最新かつ生の情報を提供しています。今回の駐在中、最大の出来事は2011年にアユタヤを中心に発生した大洪水で、世界に繋がるサプライチェーン網の一端が破綻、その修復に向け活動したことでしょう。2011年10月、北から押し寄せた大量の水がタイ有数の工業団地を次々と飲み込みました。被災日系企業は少なくとも550社以上にのぼります。10月10日夕刻、日系主要企業のトップが顔面蒼白で当事務所に駆け込んできました。皆、汚れたままの作業服姿で、うち一人は靴の片方を洪水で流されたままの姿でした。この姿に「これはただ事ではない」と思い、事務所内部で対応を検討、即座に「タイ大洪水緊急相談窓口」を設置しました。ここでは、被災日系企業から様々な要望を聴取、それらを取りまとめたうえで、早期復旧に向け日タイ両政府に働きかける等、被災企業の復旧に向けた足場作りのお手伝いをしました。
我々が受けた被災企業からの相談の中に「タイ工場が止まれば世界の工場もとまる。サプライチェーン維持のため、タイ人従業員による日本での代替生産ができるよう日本政府に働きかけてほしい」との強い要望がありました。ジェトロは、洪水直後に経済産業省が派遣したタイ洪水被害対応現地調査団に日本でのタイ人による代替生産の必要性を訴える企業は相当な数にのぼる旨を伝えました。その要望は時を置かず政府内で検討され、野田内閣(当時)が受け入れを決断しました。これまで日本政府は外国人就労に非常に敏感でしたが、被災企業のサプライチェーン維持に向けた悲痛な声は政府を動かしました。被災企業80社以上が5,300人以上のタイ人従業員を日本に派遣し、サプライチェーンを何とか繋ぎました。
これら企業視点での要望等情報収集活動とそれをもとにした政策立案・提言の重要性は前回のタイ駐在の時に学びました。前回は、日本からタイへの進出支援を担当していました。当時、タイ・バーツ暴落に端を発するアジア通貨危機の真っ只中で、タイ政府は輸出振興、そして外国投資誘致の2本柱で経済再生に取り組もうとしていました。自ずと最大投資国日本への期待も非常に高いものがありました。しかし、実際に投資を検討している企業の声を聞くと、特に人材が少ない中堅・中小企業のタイ進出には様々な困難があることがわかりました。当然のことですが、法人登記等各種手続き書類はすべてタイ語。また、法令や規則、そしてその成り立ちの背景も異なります。また、賄賂等途上国ならではのリスクもあります。それらを十分理解した上でないと、進出は「失敗に終わる」懸念もあります。日本からの投資促進には、これら解決案の提示が必要と考え、ジェトロと経済産業省に投資インキュベーションセンター「ビジネスサポートセンター・タイ」(BSC)設置を提案しました。ここでは、法人設立準備事務所9部屋の提供に加え、「失敗のない投資決断」に向けたソフト面での支援に重点を置き、企業進出の際の課題を中心に10本程度の月例セミナーや投資ノウハウ提供をパッケージで提案しました。具体的には、タイでの会社設立、開業準備、労務上の注意点、通関事情等々、進出から操業開始まで必要な知識を集中的に学ぶものです。この提案は採択され、海外で初めてとなるBSCの設置が決まりました。