02 GLOBAL PERSON

グローバル・パーソン メッセージ vol.033

世界に打って出る人材に

助川 成也さん | 日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所主任調査研究員(中央大学経済研究所客員研究員)

中央大学経済学部 国際経済学科 1992年卒業
[掲載日:2013年9月2日]

企業視点での情報収集活動をもとに政策を立案・提言

sukegawa

2010年3月から2回目のタイ・バンコク駐在をしています。前回は1998年から2004年までの5年9カ月。今回は既に3年半が過ぎました。

現在は主にASEAN全域で経済統合や産業の変化を調査・分析し、各種媒体を通じて企業・産業界に最新かつ生の情報を提供しています。今回の駐在中、最大の出来事は2011年にアユタヤを中心に発生した大洪水で、世界に繋がるサプライチェーン網の一端が破綻、その修復に向け活動したことでしょう。2011年10月、北から押し寄せた大量の水がタイ有数の工業団地を次々と飲み込みました。被災日系企業は少なくとも550社以上にのぼります。10月10日夕刻、日系主要企業のトップが顔面蒼白で当事務所に駆け込んできました。皆、汚れたままの作業服姿で、うち一人は靴の片方を洪水で流されたままの姿でした。この姿に「これはただ事ではない」と思い、事務所内部で対応を検討、即座に「タイ大洪水緊急相談窓口」を設置しました。ここでは、被災日系企業から様々な要望を聴取、それらを取りまとめたうえで、早期復旧に向け日タイ両政府に働きかける等、被災企業の復旧に向けた足場作りのお手伝いをしました。

我々が受けた被災企業からの相談の中に「タイ工場が止まれば世界の工場もとまる。サプライチェーン維持のため、タイ人従業員による日本での代替生産ができるよう日本政府に働きかけてほしい」との強い要望がありました。ジェトロは、洪水直後に経済産業省が派遣したタイ洪水被害対応現地調査団に日本でのタイ人による代替生産の必要性を訴える企業は相当な数にのぼる旨を伝えました。その要望は時を置かず政府内で検討され、野田内閣(当時)が受け入れを決断しました。これまで日本政府は外国人就労に非常に敏感でしたが、被災企業のサプライチェーン維持に向けた悲痛な声は政府を動かしました。被災企業80社以上が5,300人以上のタイ人従業員を日本に派遣し、サプライチェーンを何とか繋ぎました。

これら企業視点での要望等情報収集活動とそれをもとにした政策立案・提言の重要性は前回のタイ駐在の時に学びました。前回は、日本からタイへの進出支援を担当していました。当時、タイ・バーツ暴落に端を発するアジア通貨危機の真っ只中で、タイ政府は輸出振興、そして外国投資誘致の2本柱で経済再生に取り組もうとしていました。自ずと最大投資国日本への期待も非常に高いものがありました。しかし、実際に投資を検討している企業の声を聞くと、特に人材が少ない中堅・中小企業のタイ進出には様々な困難があることがわかりました。当然のことですが、法人登記等各種手続き書類はすべてタイ語。また、法令や規則、そしてその成り立ちの背景も異なります。また、賄賂等途上国ならではのリスクもあります。それらを十分理解した上でないと、進出は「失敗に終わる」懸念もあります。日本からの投資促進には、これら解決案の提示が必要と考え、ジェトロと経済産業省に投資インキュベーションセンター「ビジネスサポートセンター・タイ」(BSC)設置を提案しました。ここでは、法人設立準備事務所9部屋の提供に加え、「失敗のない投資決断」に向けたソフト面での支援に重点を置き、企業進出の際の課題を中心に10本程度の月例セミナーや投資ノウハウ提供をパッケージで提案しました。具体的には、タイでの会社設立、開業準備、労務上の注意点、通関事情等々、進出から操業開始まで必要な知識を集中的に学ぶものです。この提案は採択され、海外で初めてとなるBSCの設置が決まりました。

CAMBODIA

カンボジア・ネアックルン橋架橋現場にて(写真左が助川氏)

タイでは2007年7月の開所以来、現在までに約350社が利用し、うち280社がタイ進出を果たしています。また、タイのこのBSCモデルは、フィリピン、ベトナム(ハノイ)、ミャンマー、インド(ニューデリー、チェンナイ、ムンバイ)に広がり、今やジェトロの海外進出支援事業の柱に成長しています。

国際経済学の基礎を叩き込む

大学時代は、長谷川聡哲ゼミで国際経済学の基本を叩き込まれました。当時、先生は若くかつ厳しく、勉強する機会をたくさんいただきました。また、大学では数多くの知識人や著名人を招いての講演会が開催されていました。当時、少しでも多くの知見を吸収しようと、これら講演会に積極的に参加しました。

私は、「中央大学での4年間を就職先でも活かしたい」、「公共のために役立ちたい」との思いから、ジェトロを就職先として選びました。入会以降、経済・産業調査業務一筋で、その意味では大学で学んだことを活かせるポジションにいます。地域では東南アジア、また分野では通商政策、特に自由貿易協定(FTA)が専門です。現在までに、現場の声をベースに、調査・レポート執筆を通じ、政策提言活動を行っています。

中国での企業存続は柔軟かつスピーディーな決断と対応がキーに

ASEAN

ASEAN事務局でASEANミン事務総長(中央)と(写真右が助川氏)

日本の国際化は、進むことはあれ後戻りすることはありません。企業にとって海外での事業展開が自らの成長に直結する時代です。しかし、海外はあくまでも海外、日本とは環境が異なります。我々は日本企業が事業展開をし易い環境づくりには貢献できると自負しています。

近年、日本では「コンプライアンス」が重視され、それら法令・規則の順守が徹底化されています。しかし当然ですが、それら法令、規則はもともと誰かが設計したもの。日本企業はコンプライアンスを厳守する一方、政策立案・制度設計マインドは決して高いとは言えません。そのため我々に課せられた役割の一つは、日本企業のより円滑な海外展開を支援すべく、企業側・産業界側の要望等を汲み取り、各国政府に対し様々なチャネルを通じて「制度改善」を提案、促すことです。それら現場目線で、企業の事業環境改善により深く関われればと思っています。

また、自身がこれまでに得た企業のASEANビジネスの実態、要望、課題等を様々な場面で発信できればと思っています。現在、中央大学からは経済研究所客員研究員という肩書をいただいています。これら自身の経験や知識を、母校や母校の学生育成に少しでも活かせればと思います。

社会が欲するのは国際競争の中で逞しく生き抜ける人材

企業は、アジアを中心とした国際事業展開を前提に、留学生も含め国籍に関係なく競争力のある人材の採用に向かいつつあります。その動きは大企業のみならず、中堅・中小企業にも広がっていくでしょう。その中を生き抜いていくためには、英語は当然のこと、英語による提案能力、交渉能力が問われる時代です。大学でもそれら企業や社会が欲する人材を育成すべく、交換留学を含め様々な海外プログラムを用意し、且つその拡充を図っています。

大学4年間は短い期間ではありますが、その間、中央大学が持つ留学等の機会を積極的に利用すべきです。希望の行き先がなければ、1~2年程度休学し、自ら留学先を探しても構いません。今、社会が欲する人材は、1年や2年卒業が遅れたとしても、国際競争の中で逞しく生き抜ける人材です。また、自身に付加価値を付けるため、タイ語などニッチな第2言語の習得も有利に働くでしょう。

大学4年間は腰を据えて自分の価値を高められる最後の機会です。ジェトロでもそれら人材の採用を積極的に進めていますが、採用選考の結果、中央大学生であれば、OBとしてこれほど嬉しいことはありません。

※2013年10月より、JETRO本部企画部事業推進主幹(東南アジア)に就任

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