02 GLOBAL PERSON

吉田研作上智大学言語教育研究センター長×若林茂則中央大学副学長【前編】

英語力を測るための新テスト「TEAP」とは?

※以下、敬称略

若林:上智大学が作られたTEAPは話題になっていますね。TEAPは高校卒業段階で4技能(人と対峙してやり取りをする能力を含めて5技能)を測るテストということですが、どのようなテストですか。

吉田:学習指導要領が変わり、その中で言われているようなコミュニケーション英語をどうやって身につけるかという内容を突き詰めていくと、TEAPのようなテストで5つ(インタラクション含む)の技能を測れるのではないかということになるんですよね。TEAPは学習指導要領をベースに作っていますから、日本の英語教育から逸脱したものではありません。高1からきちんと学習指導要領通りに英語を学んでいけばそれなりの力がつくという発想で開発しています。

若林:大学においてもTEAPを使っていく予定ですか。

吉田:上智大学では、国際教養学部を除く全学部でプレスメントテストにTEAPを採用しています。また、将来英語教員を目指す学生(外国語学部英語学科及び文学部英文学科を除く)に対して、英語の最低基準をTEAPで測っています。基準に到達しない場合は、教育実習の時までにある程度の実力がつくように2~4年までの間で英語を強化するプログラムを考えています。来年の4月から本学では英語教育が大きく変わり、アカデミック英語関係の科目が中心になります。TEAPはまさにそれを測るためのテストですので、大学入学後2~3年たった段階でTEAPで実力を見極めようと考えています。これによって学生の伸びだけでなく、プログラムの検証も可能になります。結局、検証ができないと、プログラムの善し悪しがわかりませんから、そうした用途としても使っていこうと考えています。

若林:ということは、TEAPはアカデミック英語の実力を測るテストということになりますね。いわゆるTOEFLなど海外の大学に留学するための基礎的な力を測るテストと路線としては似ているのでしょうか。

吉田:そうですね。TEAPは基本的に同じ考え方をベースにしています。ただ、上智大学ではTOEICやTOEFLのための授業は自由科目で卒業単位になりません。本学が提供する内容に関してきちんと議論し、論文を書くといった科目が卒業単位になります。これを明確にする形で進めています。

若林:TOEFLのアカデミック英語の中で、高校・中学程度の理科が多く扱われており、例えば「断層」というような、普段は使わないが、科目の中には出てくる用語を知らないと点数が取れないということがあります。結局、基礎学力的な部分を含めて英語を学ばないと、教養ある話はできないのではないでしょうか。

吉田:TEAPの場合は基礎学力を前提知識として提示するのではなく、そのような用語についてはたとえば「断層とは…」という形で、問題文の中で説明します。つまりそれほど専門用語を知らなくても、専門用語の理解ができる範囲で出題しています。そうしないと、日本のように外国語として英語を学んでいるような環境では難しいと思います。

若林:中央大学のように法律やビジネス分野を得意とする大学でのグローバルな取り組みにおいては、グローバルジェネラリスト、グローバルリーダーに加え、グローバルスペシャリストの育成が重要になります。グローバルスペシャリストにおいては、教養も大切ですが、ビジネスシーンで実際にプレゼンやネゴシエーションができる英語を身につけてもらいたいと思っています。そのための英語プログラムを組みたいと考えています。その上で、上智大学のように国際教養タイプの大学との間で、グローバル人材育成が繋がっていくとよいと思います。私は高校の英語教員をして、そのあとイギリスの大学院へ行き、言語習得を専門とする研究者になりました。言語習得や言語学の分野においてはネイティブの学者と遜色なく議論できますが、専門外の話題、例えば、政治や芸術などの話題になると、理解にとても時間がかかります。私は、数年にわたるイギリス留学を含め、もう40年英語に触れてきたわけですが、それでも英語の母語話者には程遠いという気持ちがあります。うまいやり方で勉強したらネイティブスピーカーと同様に「不自由だと思わずに使える」ようになるというのは明らかに幻想です。しかし、コミュニケーションに困っているわけではありません。得意ではない分野については教えてもらったり、自分で調べたりする。日本語でコミュニケーションするときも同じですよね。「英語のうまい日本人」は「自分の専門分野では、その専門家ではない母語話者よりも英語が使える」ことであり、「普段の生活でも困らない程度に英語が使える」ことです。これに気づく必要があり、大学の英語教育の中に反映されていくべきです。

帰国子女であるがゆえの苦労

若林:吉田先生は、これまでどのように英語と対峙されてきたのですか?

吉田:私は帰国子女なんです。小学校1年の途中からアメリカとカナダへ行き、戻ってきたのが1961年です。当時は帰国子女という言葉すらありませんでした。ニューヨークでも日本人の数が500人くらいしかいなかった時代です。その中で身につけたものを日本に持って帰ってきたわけですが、当時はそのまま同じ学年に入る子どもは誰もいませんでした。私はたまたま帰ってきた時期が中学入学と重なっていたので、中学に入ったのですが、結局日本語ができず、勉強についていけなくて、中学2年で落第してしまいました。このままいったら高校に入れないと先生から言われて大変でした。そんな状況でした。ですから、私の知り合いの中で、当時海外から戻ってきた人の半数は、また海外に戻ってしまいました。

若林:うちの息子も3歳の時に私と一緒にイギリスに行って、帰ってきたのが小学校3年生でした。小学校に入った1日目、連絡ノートに「うきんを1枚」と書いてあったのです。「うきん」は「ぞうきん」のことでした。息子は「ぞうきん」という言葉を知らなかったのかもしれません。それに「ぞ」という字が難しくて、たぶん、先生が黒板に書いたのを見ても、うまく書き写せなかったんでしょうね。これをみて、息子には大変な苦労をさせるなと思いました。私達は、子どものうちは勝手に言語習得をすると思いがちですが、そうではありません。誰でも、言語習得には相当のエネルギーが必要ですし、実際に使わなければならない環境が重要です。言語学者の立場として、これからグローバル社会に出ていく若者たちに、言葉の面で苦労することがたくさんあるということをきちんと伝えていかなければと思っています。

吉田:私は大学でバイリンガル教育(英語のみの授業)をしていますが、現在受け持っているクラスでも、半数近くが帰国子女です。彼らに「なぜこのクラスに来たのか」と聞くと、みんな「自分のアイデンティティを知りたいから」といいます。バイリンガル教育とは何なのか、バイリンガルになるとはどういうことか。みんな自分なりに苦労し、自分の発見をしようとしています。私自身、帰国子女でいろいろと悩んだ経験があるので、学生の気持ちがよくわかります。多分、それで授業に出てくれているんだと思います。