05 REPORT

グローバル人材育成推進事業学生啓発講演会 「ジュネーブ国際・開発研究大学院 ドミニク・エーゲル博士講演会」

2013年12月24日

ドミニク氏講演会

2013年10月9日(水)に、多摩キャンパス8208会議室にて、スイスのジュネーブ国際・開発研究大学院のドミニク・エーゲル博士の講演会が行われました。講演テーマは、

(1)「国際・開発研究大学院の紹介」及び

(2)「古代から18世紀後期までのヨーロッパの観念とその今日への教訓」

でした。西海真樹法学部教授の協力により、同教授が担当する「国際法総論2」の授業枠(水曜日2時限)で開催されました。以下に当日の講演概要を紹介します。

(1)「国際・開発研究大学院の紹介」

ジュネーブ国際・開発研究大学院は国際連盟と同じ時期の1920年代スイスのジュネーブに創立されました。スイスの人口は800万人。この小さな国の都市ジュネーブには多くの国際機関があることから、国際関係学のパイオニアとして知られています。赤十字社の創立と同じ時期の19世紀のころから、平和とヒューマニタリアニズムに貢献し国際的に発展してきました。

ジュネーブ国際・開発研究大学院は約800名が通う小規模な教育機関です。うち、300名が博士、500名が修士の学生です。学生は100カ国以上から学びにきており、この多様性豊かな環境で交流することで、様々な視野を養うことができます。

今年9月には、新しくオープンしたキャンパス(La Maison de la Paix)を祝して、卒業生であるコフィ・アナン元国連事務総長が来校し、アフリカの発展についてスピーチをしました。12,000名を超える卒業生のネットワークがあり、あらゆる分野のリーダーとして世界中で活躍しています。

ジュネーブ国際・開発研究大学院では、修士向けのプログラムが7つと博士向けのプログラムが6つあり、中でも国際法に力を注いでいます。詳しくはこちらをご覧ください:http://graduateinstitute.ch/study 現在、日本からは10名の学生が所属しています。講義は少人数制で、10名から15名につき一人の教授が教えています。また、海外からの留学生に向けた奨学金制度も充実していますので、ぜひご活用ください。奨学金制度の詳細はこちらをご覧ください。

http://graduateinstitute.ch/home/admissions/application/scholarship-application.html

将来のキャリア形成については、周辺に多数存在する国際機関でのインターンを活用することができ、様々な国際機関、非営利団体、民間企業、公共機関、研究機関、シンクタンクなど多様な分野で就職の可能性があります。

(2)「古代から18世紀後期までのヨーロッパの観念とその今日への教訓」

エーゲル氏の講演は、古代から18世紀後半までヨーロッパの観念がどのように変遷してきたかを考察するものでした。各王朝に依拠する旧ヨーロッパ、そこでのエリート文化や勢力均衡政策は、18世紀末、一連の構造変革やフランス革命がもたらした国際的不安定によって根本的に揺らぐことになります。集団表象の旧モデルが動揺し、同時に、アイデンティティとしてのネーションの地位が後年ほどにはまだ確立していない18世紀末のヨーロッパは、魅力的な政治・文化空間を提示しています。エーゲル氏はまず、フランス革命前のヨーロッパの観念、および、フランス革命からナポレオン戦争にかけてヨーロッパ大陸に現れたイデオロギー対立をそれぞれ確認し、次いで、ヨーロッパに関する18世紀末の議論がヨーロッパに関する今日の議論にどのような影響を及ぼしているかを考察しました。その要旨は下記のとおりです。

ゲーテやシラーに代表される18世紀のヨーロッパは、地理、政治、文明、歴史という4つの次元で捉えることができます。

地理的観点からみると、ヨーロッパは海によって囲まれた空間ですが、東の境界は不明確でした(ロシアはヨーロッパか?トルコはヨーロッパか?)。同時にヨーロッパ内部は文化的にきわめて多様であり、地理上の国境は文化上のそれと一致していませんでした。産業革命が始まったのは、北ヨーロッパにおいてでした。

政治的観点からみると、中世ヨーロッパは垂直的秩序・普遍的階層を構成し、その頂点にローマ教皇と神聖ローマ皇帝が位置しました。17世紀以降、このような秩序は主権国家が並存する多極的・水平的秩序にとって代わりました。その結果、経済的活力、イノベーション、競争力が生まれると同時に、多くの戦争が引き起こされました。当時の法学者の第一の課題は、いかにして戦争を制限し、秩序を確保するかということにありました。戦争を防止するための一手段となったのが勢力均衡でした。スイスの国際法学者ヴァッテルは、主権国家の独立と内政不干渉にもとづく国際法体系を構築しました。これはカントやアベ・ド・サンピエールの平和思想に受け継がれ、第1次世界大戦後の国際連盟に部分的に結実することになります。

文明的観点からみると、ヨーロッパは普遍をめざす啓蒙思想により特徴づけられ、そこからコスモポリタニズムが生まれました。アメリカ大陸の「発見」をはじめとする他の文明との遭遇によって、ヨーロッパ文明は新たに自己規定することを余儀なくされました。時代の変遷とともに人々の価値観や文化、習慣などが変化し、自己を相対化する意識が芽生えました。同時に、啓蒙思想からナショナリズム、自由、人権、民主主義といった新たな理念が生み出されました。人々は「自らの生命は国によって守られるべきである」という憲法上の権利を求めるようになりました。それらは1815年の王政復古後も存続し、スペイン・ポルトガルからのラテンアメリカ諸国の独立、および、オスマントルコ帝国からのバルカン諸国の独立の原動力になりました。

歴史的観点からみると、この時期のヨーロッパはその源泉としてのローマ、ギリシャの再評価を行いました。ヨーロッパのアイデンティティとなったのがギリシャ神話です。小アジアのフェニキア国の王女エウロペを牡牛と化したゼウスが連れ去り、クレタ島に辿りついたことが、ヨーローパ文明の始まりとなりました。ヨーロッパは小アジアに起源をもつのです。

19世紀後半の植民地化の時代を経て、20世紀に入り2つの世界大戦を経験した後に、ヨーロッパ諸国を束ねる欧州共同体が成立し、他方で、アジア・アフリカでは植民地の解体=脱植民地化が進みました。そのようなプロセスのなかで、ヨーロッパはグローバル化されていきました。18世紀のヨーロッパの観念は、現在のそれに、どのように影響しているのでしょうか。現在、トルコやロシアはヨーロッパに含まれると言えるのでしょうか。宗教的観点からは、答えは否です。しかし、価値を共有するプロジェクトとしてのヨーロッパは、これらの国を含みます。

統合プロセスとしてのヨーロッパがあります。それは第2次世界大戦後、平和・経済のプロジェクトとして誕生し、成功しました。それは成功モデルであると同時に1つのエリート・システムでした。2005年、ヨーロッパ憲法制定の動きに対して、ヨーロッパの民衆は懐疑的でした。今後のヨーロッパにおいては、民衆を含めた政治的な統合プロセスを発展させていくことが重要です。平和、自由、人権、民主主義といった理念は、18世紀のヨーロッパの観念に由来しています。その後、これらの理念はヨーロッパによる植民地化を通じて全世界に広がったので、そのような理念の担い手としてヨーロッパを定義することはもはやできません。これらの理念を全世界規模で実質化していくことこそが、当時のヨーロッパの観念から私たちが引き出すことのできる教訓です。

講演後、多くの学生が熱心にエーゲル氏に質問し、同氏はそれに丁寧に答えていました。

 

プロフィール

ドミニク氏

ドミニク・エーゲル氏

ジュネーブ国際・開発研究大学院(Graduate Institute of International and Development Studies, Geneva)にてInternational History and Politics博士課程修了。同大学院にて国際関係の資格取得。シドニー技術大学(University of Technology, Sydney)にて国際政治学の学位取得。スイス国立科学財団(Swiss National Science Foundation)の協力を得てポツダムの研究機関Forschungszentrum Europaische Aufklarungと、ベルリンのフンボルト大学で客員研究員を経る。専門分野には、グローバル化の歴史、1815~1945の国際関係、現代ヨーロッパの歴史、歴史論、認識論、などがある。18世紀ヨーロッパの概念について書かれたHerder、及び10世紀ヨーロッパのSarasens、ナショナリズム、古典主義の都ワイマール、ヨーロッパの概念について複数の著書がある。エーゲル氏の研究論文Idea of Europe in Classical Weimar: the case of Goethe, Schiller, Herder and Wielandがジュネーブ大学の2011年Latsis賞、ジュネーブ国際・開発研究大学院の2011年Pierre Dubois賞を受賞。

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